日本品質を世界へ!長年培った加工技術で工場から未来を創造する

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熟練の板金・製缶、溶接加工の技でメーカーのニーズに応える

こんにちは! 学生レポーターのオバラです。今回訪問するのは、大田区大森南にある「株式会社東新製作所」。最寄り駅の京急平和島駅からはバスで15分ほど。そこから歩いて約5分のところにあります。

株式会社東新製作所の本社

東新製作所は、1970年創立。板金・製缶といった金属加工や溶接加工を得意とする会社で、現在はさらに設計や試作開発も手がけている、というのが事前情報。そんな「ザ・ものづくり」の現場をばっちり体感しようと、張り切ってやってきました。

出迎えてくれたのは、浦部佑介さん。さっそく工場の中を案内していただきます。

浦部さんとオバラ。案内開始
浦部 佑介(うらべ ゆうすけ)さん
製造部生産技術Gリーダー。大学で電子情報を学ぶが、実際にモノを作りたいと、ITではなく製造の世界へ。印刷会社勤務を経て、平成20年に入社。きっかけは自分で自転車を作りたいと思ったこと。そのために必要な溶接技術を学ぼうと飛び込んだのが東新製作所。結果として、そこで自転車づくりより夢中になれる仕事に出会う。
工場内風景

わあ、金属がぶつかりあう音や低い機械音が響いていて、いきなりテンション上がりますね

ここは金属加工を行うフロアで、2階では溶接を行っています

東新製作所は板金・製缶加工を得意としていると聞きましたが、そもそも製缶っていう言葉に初めて出会いました

金属の容器を作る仕事と言えばわかりやすいかな。鉄、アルミ、チタン、ステンレスといった材料を、切ったり曲げたり、穴を開けたり。さらに溶接をして形にしていくんです

具体的に、どんなものを作っているんですか?

タンクやバルブ、ダクト、あとはホッパーと呼ばれる漏斗状の金属容器など。2mくらいまでの大きさがメインですね。食品や薬品メーカーなどの設備や大きな装置の一部として使われることも多いんです

あ、切ってる、切ってる。金属を切るのって、やっぱり迫力がありますねえ。それにしても、いろんな機械があるなあ。おや、あそこでもなにやら面白そうなことをやってますよ。

「あれはプレスベンダーという機械で、ステンレスの板を曲げているところです。最終的に90度の角度まで曲げるんですよ」と浦部さん。言葉にすれば簡単そうですが、さすがに金属を曲げるのは大変ですよね。

「何工程かに分けて90度に近づけていかないと、なだらかな曲線にはなりません。最初から無理に力を加えると、カクカクした多角形みたいになっちゃうんです」

機械を使っていても、そこには技術者の技が隠されているんですね。

そして、ほら、このとおり。硬い金属だって、自在に角度をつけて曲げることができるんですよ! 

で、こちらの機械はレーザー加工機。作り込む形状についてデータを入力し、ステンレスや鉄、アルミを切断していきます。私が手にしているこのCDみたいな金属板は、わずか30秒ほどで出来ちゃうんですって。仕事、早っ!

溶接女子も大満足! 迫力の溶接作業を間近で拝見!

次に、溶接作業を行っているフロアにお邪魔しました。

最近、「溶接女子」が増えてますよね。私もあの溶接作業用のお面をいちどかぶってみたかったんです。
ということで、私お借りしちゃいました。どうです? 似合いますか?

ひとり満足感に浸っていると、「せっかくお面をしたなら、もっと近くで見てみますか?」と浦部さん。やったぁ!
さっそくお面をすっぽりかぶり、作業を間近で見せていただきました。ちなみに、立っているのが私ですよ。あの位置からだと、火花と音がすごい迫力。もうドキドキです。

材質の種類や厚み、用途に合わせて、溶接方法も違うそうです。特に東新製作所が扱うものには高気密製品も多く、精密な溶接が求められます。さらに美観も大事なのだとか。ロボットと違ってどうしても指の動きに波が出ます。そこを常に同じようにきれいに処理をする。ここにも、技術者の技がありました!

設計図を見て、これは難しいぞって思うこともありますよね

そうですね。でも「溶接は2ヵ所だけにして」とか、条件の縛りが強ければ強いほど張り切っちゃいます

やり遂げた時の達成感も大きい?

そのとおり。特に「他の会社で断られた」っていう仕事を引き受けて、やりきったときの達成感はたまりません! 「やってやったぜ」みたいな感じになります(笑)

ここで浦部さんが、溶接フロアのリーダー、グェン・フィー・フンさんを紹介してくれました。ベトナム人のグェンさんは、東新製作所で8年働いているとのこと。浦部さんとグェンさん、それぞれがグループを率いて、工程を管理しているそうです。

「同じモノを作るときでも、僕とはプロセスが違ったりして、彼の仕事を見ているとすごく刺激されますね」と浦部さん。2人が並んだ姿は、“相棒”という雰囲気です。
東新製作所には、グェンさんのような社員のほか、技能実習生として働くベトナム人の方たちもいるんです。

「ベトナム語で冗談を言ったりしているみたいだけど、よくわからない(笑)。でも、お互いにジョークを教え合ったりして楽しんでます」

加工フロアも溶接フロアも迫力があって、大満足!
でも実は、東新製作所はここだけじゃないんです。工場の隣には、設計や開発を行っている部門があり、さらに、同じ大田区内には「生産技術センター」という施設も。そこでは金属3Dプリンターを使った産学共同研究も行われているそうです。一歩先を進んでるって印象ですね。

これがその金属3Dプリンターで作ったもの。こんなものまで作れちゃうんですね!

まだあります! 実は、グェンさんのふるさとベトナムにも東新製作所の工場があるんです! もしかしたら何年かのち、さっき会ったベトナム人実習生たちが、ベトナム工場でリーダーシップを発揮しているかもしれないですね。

ひととおり工場を見学し終わったところで、東新製作所の強みについて聞いてみました。返ってきた答えは「スピード感と提案力」。社内には様々な分野の設計担当者がいて、多様なニーズに応える加工技術者もいる。だから、図面の段階から最終形状をイメージでき、早いタイミングでどんどん提案できるんですって。

海外戦略の夢、実現へ。違いを生み出すのは、日々の挑戦

入社して丸10年。リーダーとして工程管理に目を配りつつ、後輩の育成に力を入れている浦部さん。徐々に、技術営業として試作開発の案件に関わる比重が大きくなっているとか。

開発の案件を担当していると「世界で一つ目のもの」を作っているって実感する。どう作るのか、聞く人がいない。自分が責任を持って、最初の「一つ」を作っていく。そこがやればやるほど楽しい部分です

失敗した経験もありますか?

もちろん。人一倍挑戦してきたから、成功もあるけど失敗もある。失敗しながら、次はどうすればいいかを学んだし、他の人の失敗も、自分の勉強だと思って見るようにしてきました

『漠然と仕事をしない』という姿勢が大切なんですね

新人の頃も先輩のやり方をじーっと見ながら、自分がやるときのことをイメージして、別のやり方はないかなって常に考えてました。同じことをやるだけなら、同じ結果しか出ない。違うことにチャレンジして、今よりいいもの、何か違うものを生み出したいんです

今後挑戦したいことってどんなことですか?

設計からすべてを取りまとめるプロジェクトマネージャーのような仕事をしてみたい。勉強することはたくさんありますが、挑戦はしたいですね

浦部さんが入社してからの歩みは、会社の転機ともちょうど重なります。
10年前は加工だけだった事業に設計開発や販売部門が加わり、さらに海外事業としてベトナムに進出。海外からの人材も受け入れました。そうした会社の変化を見ながら、「なにか面白いことになりそうだな」とワクワクしていたとか。

浦部さんをワクワクさせた、会社の“挑戦の姿勢”について、石原幸一社長にもお話しを伺いました。

リーマンショックや東日本大震災などにより、東新製作所もダメージを受けたとか。そのときに改めて工場を持っている価値を見直したそうです。そして、工場でできることを徹底的に追求してきたのが、この10年だったといいます。

具体的にどんなことを始めたんですか?

加工生産技術に加え、設計デザイン、製品サービスの3つを柱にしました。でも、1社でできることは限られています。そこで作ったのが「おおたグループネットワーク」です

地域連携の仕組みを作ったわけですね

そう。その中で、設計がからむ案件を積極的に獲得していったんです

今後はどんな展開を考えていますか?

工場を中心にしたものづくりを成長させるためにも、海外調達や試作開発、製品事業化というところを考えています。試作から開発、最終的には研究開発レベルまでめざしています

石原社長の視線の先は世界のマーケット! 日本の製品を日本で開発し、ベトナムで生産するというコンセプトを立て、北米やヨーロッパのマーケットを相手に展開しようと考えているそうです。

そしてもう一つスタートさせたのが、スタートアップファクトリー構想。アイデアはあるが試作、量産体制がないスタートアップ企業に対して、工場をオープンにして提供し、試作支援しようと言うのです。

「こうした夢を語れるのは、大田区という地盤と工場があり、技能と技術に裏打ちされた高いレベルでの試作が可能だからです」と石原社長は力を込めて語ってくださいました。

約50年にわたって培ってきた加工と溶接の技を間近に見るところから始まり、さらに石原社長のお話から日本のものづくりの未来図を思い描くところまで、内容の濃い取材でした。
「変化のスピードが早いので、想像しない世界が10年後には来るかもしれない」と石原社長がおっしゃっていましたが、そのとき東新製作所がどんな成長を遂げているのか楽しみな気がします。

なにより印象的だったのは、「今よりいいもの、何か違うものを生み出したい」という浦部さんの言葉。将来私が社会人となったとき、そういう姿勢を忘れないようにしたいと思いました。

株式会社東新製作所

未来図
3年後
走り始めたばかりのスタートアップファクトリーを、3年後にはしっかり実現させたい。東新製作所が試作、量産設計の支援拠点となり、さまざまなメーカーの開発を製品化まで押し上げ、海外展開していく。そうした事業を軌道に乗せ、活発に回っていく状態をめざします。
10年後
研究開発をベースとした、自社製品を持ったメーカーをめざします。ただしその頃は、企業の壁や組織の境界線が曖昧になるはず。弊社がハブになり、日本中の高い技術を世界に向けて花開かせるための機能を、製造の素地を持つ大田区という地域が担っていく。それは10年ではなく5年後の未来図かもしれません。
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