値上げを決断するときに必要なこと

あきない活性化コーディネーター
塩沢秀人
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前回の私のお話は、いろいろなお店を観察しに出向くべきです、他のお店の事例をご自分のお店の参考にしましょう、という内容でした。「見賢思斉」(けんけんしさい)という四字熟語があります。「自分より優れた人を見たら、自分もそのようになりたいと思う」という意味です。見てきたお店を、ご自分のお店の改善や成長に活かしてください。

さて、今回のお話のテーマは値上げと価格設定です。

価格設定の基本は商品・サービスの価値

昨今は原価や経費が膨らんで、値上げをせざるを得ない状況のお店が大半です。商品やサービスのコストにマージンを加えて価格を決めるのは、決して間違っていません。とはいえ、

  • 「価格転嫁をすればいいみたいな風潮があるが、安易な値上げなどできない。お客さまは値上げを受けいれてくれても、商品の質やサービスを見る眼がその分だけさらに厳しくなる」
  • 「自分も同感だ。単に値上げだけすればいいとは決して思ってない」

    そんな声が聞こえて聞きそうです。最近はお客さまが値上げに納得してくれる可能性が比較的高いとはいえ、たとえ丁寧に説明しても、お客さまが無言で離れていくのはやはり心配ですね。

    一方、昨年私は訪れたいくつかのお店で、同じような状況に何度か出くわしました。

  • 「決算書ができあがったのを見たら赤字で、すべて値上げしないとやっていけない」
  • 「先月一律100円ずつ値上げした。税理士先生から値上げをしないと利益を出せないと言われた」

    原価や経費をしっかり把握して、もう少し早く状況に気づいてほしかったです。しかし、むしろそれ以上に、販売する商品や提供するサービスそのものに気を配る習慣を身につけましょうとお伝えしました。

    儲けを増やすために商品やサービスについて考える、そこで売り方を考えて、価格設定や値上げを考えるという手順を、日ごろから実践していないと、単に儲からないから値上げをするだけになってしまいます。

    仕入価格の高騰や他の店が値上げをしている状況なので、自分の店もいつどれくらい値上げをしようかと、その点ばかり考える状態になっていませんか?

    コストを踏まえて、他店の価格を参考にして、お客さまの側が商品やサービスに対して感じる価値を考えたりするにせよ、

    最も重要なのは自分が売る商品や提供するサービスの価値を見極めることです。

    商品・サービスの質向上が値上げを支える

    江戸時代中期を舞台としたNHKテレビの大河ドラマの放映で、老中田沼意次が主人公を諭すシーンがありました。

  • 「もはや吉原が足を運ぶ値打ちのない場に成り下がっているのではないか。人を呼ぶ工夫が足りぬのではないか、お前は何かしているのか、客を呼ぶ工夫を」

    私は視聴して最初は〝工夫〟が印象に強く残ったのですが、放映後に少し考えて、足を運ぶ値打ちのある場なのかどうか、魅力があるかどうか、吉原の魅力を高めるのがいちばん大事な工夫だ、と思いました。

    販売する商品や提供するサービスはお店の根幹です。商品やサービスの魅力を突き詰めて、購入や利用をするお客さまの満足感を高めると、値上げをするのに相応しい状態になります。

    普段から商品やサービスを磨き上げ、値上げによって売上げが減る心配が極力少なくなるように〝工夫〟したうえで、準備万端で堂々と、値上げに挑戦していただきたいです。

    例えば、食料品A店は、低価格や大量販売の店と競わない方針で、仕入を重視しています。特に菓子や加工済食品について、意図的に高級品の仕入や、地方から名産品の取り寄せを行っています。お客さまはめずらしい商品が目に留まると、「この店にしかない」「今買わなければ損」と感じやすいようです。

    昨今は仕入原価や物流コストの状況から、自ずと値上げとなったのでしたが、希少価値の商品は他の店の価格と比較されにくいものです。また、値上げと同時にさらにワンランク上の商品を用意すると、「こんな商品もあるのか」「たまには高いのを買おうか」と思うお客さまがあるようで、高価格商品の販売にもつながる様子です。

    ご夫婦で営むレストランB店は、繁盛店や有名店を参考に、調理技術の工夫と新しいメニューの構想を考えて、ランチにもディナーにも材料にこだわった数量限定メニューを設けて、店頭の道路際に掲示するとともに、このタイミングで従来のメニューを約半分に絞り込んだうえで、値上げも行いました。常連のお客さまそれぞれの注文を考えると、それまで品数はなかなか減らせませんでしたが、むしろ新規のお客さまが増えました。家族連れの利用が多いので、特にディナータイムにセットメニューやパーティーメニューを設けることにした様子です。

    原価や経費を意識しつつも、メニューやサービスを工夫して自信をもって単価を設定しているのでしょう。そして何よりも、お客さまが価格を気にしつつも、価格に見合った満足を感じてもらえようにするのが大事なのだと思います。

    値上げと商品・サービス向上を両立させる具体策

    値上げと同時に、商品やサービスについてどんな取り組みをしたらよいか、小売店、美容室・理髪店、飲食店の場合について、それぞれいくつか例をあげておきます。

  • 小売店

    品質向上、新機能付加、プライベートブランド商品の開発、商品ラインナップの見直しや新たな仕入先からの開拓、限定商品・希少価値商品などの仕入

  • 容室・理髪店 :

    新たな技術の習得、オプションサービスやトレンドメニューの導入、待ち時間のニティ強化、来店特典(クーポン配布・ポイント制度・回数割引など)カウンセリングの強化、SNSによる情報発信、世代別・性別の対応

  • 飲食店

    看板メニューやイチ推しメニューの強調、新商品・新メニューの開発飲食店、高付加価値の食材によるメニューのメリハリ、来店特典、SNSによる情報発信

    商品やサービスそのものを突き詰めて考えるのは、購入する側のお客さまの立場でメリットや満足感を考えることとも言えます。

    「自利利他」という四字熟語があります。自分が幸せになると同時に他人を幸せにする、言い換えれば、自分が利益を受け取るとともに他人にも利益を与える、という意味です。値上げの決定は「自利利他」の精神のもとに、

    値上げによって利益を確保しつつも、同時にお客さまの満足感を向上するという目的の達成をも目指していただきたいものです。

    あきない活性化コーディネーター 塩沢秀人

    総合建設会社の関連事業部門・不動産開発部門、民鉄会社の沿線開発部門に勤務。
    会社を早期退職し、現在は中小企業診断士、中小企業組合士、不動産コンサルティングマスターとして活動。
    各地で企業を営む皆さんやまちにお住いの方々と、一緒に仕事をしてきた経験を活かして、みせづくり、ものづくり、まちづくり をお手伝いしています。