「熱で金属の性能を高める」、それが熱処理加工
こんにちは〜。今日も大田区へやってきました、レポーターのヤマウチです。
今回お邪魔するのはこちら! 株式会社上島熱処理工業所さんです。「かみじま」と読みます。
「熱処理」って、街でたまに見かけるけど、一体どんなことをしてるんでしょうか? 今日はその辺りも含めて聞いていきますよー!
会社および工場があるのは仲池上2丁目。最寄り駅は都営浅草線・西馬込駅。駅から歩いて8分くらいかな。でも会社の近くを通っている路線バスを使って、大森十中前というバス停で降りれば約30秒だから、かなり便利です。
若手社員の方からお話を伺う前に、社長である上島健さんにお仕事内容などを伺いました。
だって、熱処理ってよく分からないし…。
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社長! そもそも熱処理ってどんなことをしているんですか?
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製品に熱を加えたり冷やしたりすることで性能を高める材料加工のことです。弊社では主に金属の熱処理加工を行っています。
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何だか、刀鍛冶みたいですね。
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理論としては同じです。『焼入れ』『焼戻し』といった熱処理をすることで、強さや硬さ、粘りといった性能を、形を変えることなく高めていきます。
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どんなものに熱処理を施すんですか?
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弊社の場合は金属部品が多いですね。お客様から製品をお預かりして熱処理加工を施し、それをお返ししています。
上島熱処理工業所の創業は1956(昭和31)年。大田区の中でもこの辺りは切削工具を製造する工場が多くて、削るためには金属を硬くしなくちゃということで、そのニーズに応えるために会社を興したそうです。
1972(昭和47)年には、日本で最初にJIS「鉄鋼の焼入焼戻し加工」の認定を取得するなど、半世紀以上にわたって熱処理加工のリーディングカンパニーとして業界を引っ張ってきたのだとか。
そんな上島熱処理工業所にはさまざまな加工技術がありますが、「たとえばソルトバス熱処理は、他の会社ではもうあまり手がけていないですね」と上島社長。
何ですか、ソルトバスって? バスソルトなら聞いたことあるけど…。
接近注意! 顔が焼けそうな1200℃のソルトバス
いや、社長! 熱い! 熱いです!
「じゃあソルトバスを実際に見てください」と言われて工場にお邪魔したんですが、何なんですかこのマグマみたいな真っ赤なドロドロは。
実はこれがソルトバスの正体。塩を1200℃以上に熱し、ドロドロにした状態なのだとか。この中に金属を入れて熱処理加工をするそうです。塩の中で加熱するほうが製品の芯まで素早く温められるということで、まさにお風呂で温まる人間と同じ状態なんです。
ソルトバスは、熱処理加工の中では古くから行われている技術なんだとか。ただ、製品に付着した塩を取り除くなど、後処理が面倒というデメリットも。そこで大量生産の製品ではなく、人手がかかっても優れた品質が必要だという一品ものの製品などに、このソルトバス熱処理を施しているそうです。
現場からは以上です。
別のフロアへ行ってみると、今度は「曲がり矯正」を行っている方を発見。上島熱処理工業所には、金属熱処理特級技能士が11名在籍しているだけでなく、厚生労働大臣賞を受けた「現代の名工」が3名も。
ちなみにこちらの笠原さんも、2017年に「大田区の工匠 Next Generation」として表彰されています。パチパチパチ。ただ、Next
Generationにしては少しお年を召されているような…。でもそれが、何年もかけて一人前になる職人の世界なんだと実感。社長も「この会社は技術を身につけた方がずっと働いているんです。最高齢は80代ですから」って言ってたし。
そんな職人集団だからこそ、上島熱処理工業所には他では受けられないような熱処理加工の依頼が、引きも切らずにやって来るんですね。
マニュアルに頼らず、知識と経験を身につけることが大事
熱処理業界のことや会社のことが分かったので、若手社員にもお話を伺ってみます。
今回ご登場いただくのは入社3年目の石毛駿一さんです。ちょっとシャイな感じの石毛さん。ポーズをとってもらったけどまだちょっと硬いな〜。でも大丈夫。不肖ヤマウチがじっくり話を聞き出しますから。
- 石毛 駿一(いしげ しゅんいち)さん
- 2017年入社。工業大学の機械科学系の学科で、主に先端材料について研究していた石毛さん。卒業後も研究室で研究を続けていたそうですが、「やはり就職しよう」と就職活動を開始して見つけたのが上島熱処理工業所だったとのこと。茨城出身ですが現在は西馬込在住。「社員の多くも、大田区や川崎近辺に住んでいますね」。
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大学では先端材料について学んでいたそうですが、それは熱処理と関連しているということなんですか?
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特に関連がある分野ではありませんが、材料に手を加えて加工するので、モノづくりよりも被っているところがあるのかなと思いながら入社しました。
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熱処理の会社の中でも、特に上島熱処理工業所に惹かれたポイントってあるんですか?
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ソルトバスも手がけていて、迫力もあるし格好いいなぁと。
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それで入社されて、どんなことから経験を積んでいったのですか?
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最初はソルトバスです。もちろん親方の仕事ぶりを見ながらお手伝いをする程度でしたけれど。
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なるほど。それで現在はどんな部門を担当しているんですか?
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真空熱処理が現在の担当です。
というわけで、やって来ました真空熱処理工場。現在3年目の石毛さんですが、1年目からこの部門を担当しているそうです。
真空熱処理は、名前の通り炉の中を真空にして施す熱処理加工のこと。焼入れや焼戻しといった工程はソルトバスと同じだけど、製品が黒ずんだりせず、そのままの色で仕上がるのだそうです。
「変色すると何か問題があるんですか?」と石毛さんに尋ねてみました。
「きれいに仕上げたいというお客様もいらっしゃいますし。また変色するということは、酸化して膜ができるということなので、数ミクロンのレベルで製品の寸法が変わってしまうことになります」
そうか、それだけ繊細な仕事なんですね。
炉の扉を開ける石毛さん。体勢を傾けて身体全体の力を使っていますが、体験させてもらうと相当の重さでした。そして炉の中に熱処理を施す製品を入れていきます。
設定温度などはマニュアルに書いてあるけれど、製品を詰め込みすぎたら全体に熱が回らなかったりするので、その都度、設定温度や時間を調節して加熱するそうです。また熱処理には1日近くかかるのだとか。
ちなみにその間は何をしているんですか? と聞いてみると、前日に焼いた製品の硬さを確認したり、出荷の準備をしたりと結構忙しいのだとか。でもそうやって経験を重ねて、一人前になっていくんですね。
職人への道は、地道な一歩から
そんな石毛さんに、この仕事の面白みを聞いてみました。
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熱処理加工というお仕事の、どんな部分にやりがいを感じていますか?
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苦労点でもあるんですが、お客様からお預かりしたものの性能を高めて、きちんとお返しする点ですね。
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そうやってお返しすると、お客様も満足されて、また上島さんにお願いしよう、ってなるわけですね。
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そうですね。そうやってお返しした製品の品質が弊社の評価になります。製品自体が弊社のクオリティを語ってくれる、営業マンの役割を果たしています。
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お客様の製品だから上島さんのロゴがつくわけではないけれど、その製品の品質が、まさに上島ブランドを物語るってことなんでしょうね。
こうして職人の道を歩み始めた石毛さん。最近は航空機関連の部品の熱処理加工も任されて、厳しい審査をパスした際に自身の成長を実感したのだとか。
そうそう、航空機関連のお仕事! その話は、社長からもあったんだ。
これまでもJISを取得するなど、品質だけでなくその管理体制にも定評があった上島熱処理工業所。そうした中、少しずつ手がけるようになったのが航空機関連の部品に関するお仕事でした。 製造業にはさまざまな分野があるけれど、航空機関連は欠陥部品が一つでもあれば多くの人命を失うことになるわけで、品質管理が特に厳格な分野。そこに関わる企業、つまりサプライヤーにも、実績と信頼が求められます。その航空機業界で上島熱処理工業所も徐々に信頼を勝ち得て販路を拡大してきました。
そして同じように参画しているメッキ加工や表面加工などの他業種の会社と連携し、アマテラスというサプライチェーンを構築。会社は違っても一貫生産体制を敷くことで、今後はビジネスを展開していくそうです。
そんな厳しい分野からも依頼が来るというのは、先輩職人の皆さんが、汗をかきかき優れた製品を世に送り出してきたからなんですね。
「普段の業務の中でも、自分が気付かないような部分まで気を配っていたり、後処理のことを考えて常に作業をしていたりと、見習うことばかりですね」
現在は、そんな先輩たちに追いつけ追い越せと日々努力しているわけですが、石毛さんはどんな目標を持っているのでしょうか。
「まずは、工場のさまざまな業務を身につけていきたいですね。そして後輩たちに仕事を教えられるぐらいに、まずはなりたいと思っています」
「一人前の職人が目標です」みたいな答えが返ってくるかと思ったけれど、実に謙虚。でも毎日熟練の職人さんの仕事ぶりを目の当たりにしていたら、気軽にそんなことは言えないのかも。
真面目にコツコツ仕事に取り組む石毛さんは、毎日少しずつ、先輩職人の皆さんに近づいているのだと感じました。
いかにも大田区の町工場といった雰囲気の上島熱処理工業所。ですがお話を伺ってみると、社員の高い技能が評価されて仕事の依頼がやって来る、まさに職人集団という感じでした。他ではできない加工を請け負ったり、高い精度で製品を仕上げたり。そんな技術が売りの会社は、安さや速さが売りの会社よりも圧倒的に強いはず。今回は、大田区の底力を見せつけられたような会社訪問でした。
株式会社上島熱処理工業所の
- 航空業界の仕事を新しいビジネスの柱にしていきたいと思っていますが、そのために重要なのが『人』。航空業界は信用業界と言い換えてもいいくらい実績が重要なので、業務を通じて私たち自身も技術を磨き、成長し、今以上に評価される存在になっていたいですね。
- 新たな技術をどう取り込むかが課題になると思います。たとえばロボットは、大量生産にしか向かないものが多かったのですが、最近はAIや自動化で個別の対応が増えてきています。そういう部分には、我々の技術でなければできないこともきっとあるはず。そうしたAIやIoTもしっかりと取り込んで、新たなお客様を開拓したいと思います。