2016年10月03日 公開

町工場の「設計力」 ~広がる守備範囲~

旋盤加工の岩井製作所(大田区南蒲田)は、一人親方の岩井仁さんが新幹線の足回り部品などを加工、表彰制度「大田の工匠100人」にも選ばれた名人として知られる。

岩井さんは発注元大手の要望を受け、旋盤加工のほかめっきや研磨といった後工程の手配まで一手に引き受けている。区内工場の表彰制度「優工場」の認定企業を中心に仲間6社と協力。さらに、特殊な工具や材料の手配・在庫管理もすべて岩井さんがこなす。80歳になった岩井さんは「発注元の担当者から、僕が担当の間はやめないでください、と言われる」と笑う。岩井さん抜きには仕事が成り立たない発注元はこの春、大きな加工賃アップを決定した。

多くの町工場経営者が、最近は設計まで町工場に委託する動きがでてきたと口をそろえる。

増える「まとめ発注」

 

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国内大手・中堅製造業の購買部門の役割縮小は、バブル崩壊後の失われた20年のリストラで人員が削減された影響が大きいといわれる。購買部門から加工種別ごとに町工場を選ぶ知識と経験を持つベテランが減り、若手担当者は一括発注により見積もり比較を容易にするとともに運送費の削減を目指す。いまやリストラの影響は開発・製造部門にもおよび、図面を受け取る町工場から「必要以上に高い仕上げ精度を指定してくる」「加工不可能な形状がある」など嘆きの声が上がる。

 

発注側の設計能力の低下は、町工場側の新たなチャンスになっている。大田区産業振興協会の受発注あっせん事業は、全国の中堅・大手企業から大田区企業向けの引き合いを受け、対応可能な区内企業を紹介してきた。これまでは旋盤加工、めっき加工など加工分野ごとの仕事の依頼が中心だったが、この数年は「設計から製造までやってくれるところを紹介してほしい」との引き合いが急激に増えてきている。

設計提案で新規開拓200社

 

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板金加工の東新製作所(大田区大森南)は、自社ホームページで「設計提案/製造提案」をアピールする。石原幸一社長は「設計から製造までをまとめて発注する例は明らかに増えている。製品サイクルが短くなり大手設計部門の負担が増えていることや、下町ボブスレーが話題になり町工場に企画・設計能力があることが知られた影響もあるのではないか」と分析する。 東新製作所ではまず外部の協力企業や個人の設計者と連携して対応を開始、現在は社内で設計者を抱え、顧客が望む機能を持った完成品を設計から生産、組み立てまで行っている。これにより新規顧客を約200社開拓し、現在は全社売上高の三分の一がここ1~2年の新規顧客によるものだという。

 

設計と加工は密接な関係にあり、ものづくりの現場での作業性や製造法の違いによるコスト差を熟知する者ほど、優れた設計ができる。石原社長は「大田区には優れた加工技術が集積している。そこに設計力を加えることが加工技術を生かすことにつながり、この町の存在感を高められるはず」という。岩井製作所の岩井さんは「大田区の下請けはしっかりしているから、お好みのものを作ることができる。発注側の企業さんも、安かろう悪かろうに懲りてきている」と言う。大田区の中小製造業は、ものづくりの守備範囲を広げ、名実ともに日本の製造業を支える存在へと進化するのかもしれない。

2016.10.3
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